大阪高等裁判所 昭和24年(を)4406号 判決 1950年9月30日
被告人
香山睦夫
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人表権七の控訴趣意第一点乃至第三点について。
物の所持とは人が物を保管する実力支配関係を内容とする行為である。人が物を保管する意思を以てその物に対し実力支配関係を実現する行為をすれば、それによつて物の所持は開始される。そして一旦所持が開始されれば爾後所持が存続するためには、その所持人が常にその物を所持しているといふことを意識している必要はないのであつて、苟くもその人とその物との間にこれを保管する実力支配関係が持続されていることを客観的に表明するに足る容態さえあれば、所持は尚存続するのである。だから所持は人が物を保管するため、そのものに対して実力支配関係を開始する行為と、その実力関係の持続を客観的に表明する容態とから成り立つているといふべきである。それで所持といふ行為乃至容態が一個あるのか数個あるのかを決定するのは、必ずしも人と物との間に存在する実力支配関係にあるのではなく、その行為乃至容態そのものの形態が社会生活上有する個別性的意義にあるといわなければならない。それゆえに所持が一個なりや数個なりやは専ら所持開始の時を標準として、その開始時の個数によるべきではなく取得の時期や処分の時期が異つても或る時期においてそれらの物を一括して保管するに至れば爾後は唯一個の包括的所持があることとなり、包括的単一所持罪と認められるのである。原判決引用の証拠によれば被告人が安田光男に対し麻薬がよい値で売れるといつたことから、各種麻薬の売却方を依頼せられ昭和二十三年十二月頃、(1)塩酸モルヒネ三・九瓦一本、(2)阿片末二十五瓦入二本、(3)燐酸コデイン錠百錠入二本、(4)阿片散二十五瓦入一本、(5)硫酸コデイン二十瓦入一本、合計七本を預り寄宿先の飯田藤次郎方で保管していたが、その後昭和二十四年二月岡山旅館で安田の求めにより右各種麻薬のうち、(1)一本、(2)二本、(3)一本、(4)一本を返還し(3)の燐酸コデイン百錠入一本と(5)の硫酸コデイン二十瓦入一本は引続き預り肩書自宅で保管していたが更に同年三月頃安井りゆう方で安田から(4)の阿片散二十五瓦入一本と(6)燐酸コデイン五瓦入一本(7)塩酸コカイン三瓦入一本(8)ドーブル散二十五瓦入一本を預り自宅に持ち帰り(3)及び(5)と共に保管し、その後同年六月中旬小西よしゑ方で保管中の麻薬全部を一括して治郎丸武子に手渡した事実が肯認されるから、右各種の麻薬所持は前の説明に照らし一個の包括的所持とみるのが妥当である。それゆえに原審が訴因追加の方法によつて(6)(7)(8)の追加を許したのは適法な処置であつて弁護人が最初の所持は岡山旅館で全部返還したことによつて一応中断され、その後(4)(6)(7)(8)の所持は新しく開始された所持であつて基礎事実は別個であることを前提として、訴因追加は許されないとか、二個の罪となるべき事実を各別に明示していないとか、主張する論旨はいずれも理由がないし、事実誤認の非難も当らない。